第一関門突破

令和5年5月8日(月)より新型コロナウイルス感染症が5類感染症へ移行することに伴い、礼拝での規制を緩和します。具体的には、会衆讃美は全節歌唱する、省略していた聖書交読を復帰し、司会者朗読→会衆朗読を交互に行います。
なお、礼拝中のマスク着用は引き続き推奨、「平和の挨拶」の握手の自粛は今後も実施しますので、ご理解とご協力を宜しくお願いいたします。

メッセージ

<創世記 12章1~9節>
信徒:K

開会聖句

あなたがたに言います。それと同じように、一人の罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人のためよりも、大きな喜びが天にあるのです。

<ルカの福音書 15章7節>

メッセージ内容

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はじめに 
先月は「神さまの夢」という話でした。それは、すべての散らされた民がキリストにあって1つにされるという夢でした。今日は、先月から登場したアブラハムの話で、アブラハム契約というのがでてきます。聖書には色々な契約が出てきます。前にはノア契約というのがありました。「もう二度と人類を洪水で滅ぼすことはしない。これからはずっと創造の秩序は守られる。」という内容でした。新約を知っている人は、「洪水で」ということばが気になるかと思うのですが、ここは一度は全ていのちあるものを滅ぼしたけど、もう二度とそれはしないという神さまの決意表明と考えるのがいいと思います。では、人間の悪はどうするか。人類は祝福されて増えたけど、やはりバベルの塔を建て、神に反逆しようとしたではないか。バベルの話は、大洪水の後も人間の悪が広がっていったことを示していますが、神さまはそういう現実は、それはそれとして、一方で救いの歴史の計画を実行されます。選ばれたのが、アブラハムで、不妊の妻を持つ人でした。今日の主題は、「神さまの召し」です。その「召し」の内容と、「召し」へのアブラハムの応答について読んでいきます。

本論

Ⅰ.「祝福になれ」というアブラハムへの召し

1~3節「あなたは、…を離れて、わたしが示す地に行きなさい。…そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたを大いなるものとする。あなたは祝福となりなさい。…地のすべての部族は、あなたによって祝福される。」これがアブラハム契約です。1節では神さまのアブラハムへの召しが、2節はアブラハムへの祝福が、3節はアブラハムへの祝福がすべての民族に及ぶことが約束されてます。この12章は最初のアブラハム契約で、15章と17章にもあります。アブラハム契約とは、イスラエルに土地と子孫を与えるという約束なのですが、ここにはそのような具体的なことばは見当たりません。

契約というのは、私たちの生活でも経験することです。売買契約、賃貸契約、この頃、私たちに馴染みのあるのは、インターネットや携帯の契約などがそうでしょう。結構な時間と手間が取られ、無事に済んでも、その後の更新には悩まされます。してほしくないのですが、必要があって更新されます。私たちのための利便性と、セキュリティのためだそうです。
アブラハム契約も、その時のアブラハムの必要に応じて、内容が変わっていきます。更新です。15章では

「アブラムよ、恐れるな。わたしはあなたの盾である。あなたへの報いは非常に大きい。」

と言われた後、星のように数え切れない子孫を約束されます。17章では、

「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ。…あなたを多いに増やす。」

と子孫の約束が繰り返され、その後、

「わたしはあなたの寄留の地、カナンの全土を…。」

と土地を与える約束が追加されます。子孫や土地のことが具体的になってきています。「恐れるな」は励まし、「全能の神」は自己紹介、「アブラハム」の改名は、アブラハムの「神さまの約束が実感できない」という信仰の揺らぎを支える目的だと思います。

ここから気づかされることは、神さまの約束の実現というのは、なかなか私たちには見えないし、その全容はわからない。けれども、それで大丈夫だということです。私たちは確かに、天国への道を知っています。最終ゴールは確かです。でも、だからと言って、毎日を迷うことなく、心配することなく生きているでしょうか。とんでもありません。信仰を持っていても、迷うこと、恐れること、失敗はなんと多いことでしょうか。詩篇119篇に

「あなたのみことばは 私の足のともしび 私の道の光です」(105節)

と、皆さんよくご存知のみことばがあります。「みことばの光」という本もあります。「みことばは、私の足のともしび」です。LEDはすごく明るいですが、ともしびはそんなに強い光ではないでしょう。だからそんなに先を見せてくれません。風に吹かれたら消えるかもしれない。でも、神さまはそんな柔らかな光によって、一歩一歩を歩ませてくださる方なのです。それは、きっと、私たちが健全に育っていくためなのでしょう。健全に育つとは、罪を犯さなくなるということより、私たちに寄り添ってくださる神さまとの信頼関係を積み上げて生きていくことだと思います。

それで契約の話ですが、15章は子孫、17章は土地の約束でした。では、12章は何が約束されてますか。「祝福」です。祝福が5回あります。「わたしがあなたを祝福するから、あなたも祝福となりなさい。」ちょっとわかりにくいですが、口語訳の「祝福の基となりなさい」の方がわかりやすいですね。12章のアブラハム契約は、一言でいえば、「あなたを祝福するから、祝福になれ。」という神さまの召しなのです。次にアブラハムの応答を見ましょう。

Ⅱ.召しに応えたアブラハム

神の召しは「…を捨てて」という命令から始まっています。厳しいことばですから、この召しは神さまにとって、大きな賭けであったと思います。神さまは人間がどういうものかを経験しています。エデンでは、ご自身と同じように、自由意志を持つ人間を作られましたが、アダムとエバは神より賢くなりたいと、それに反抗しました。洪水の後の人間も自分たちの力だけでやれると思ったのです。今回、神さまが選ばれたアブラハム、異教の地に長らく住んでいたアブラハムはどうしたでしょうか。彼は、この具体的なことの分からない約束を受け止めました。4節

「アブラムは、主がつげられたとおりに出て行った。…」

神さまの召しはアブラハムに受け止められました。これが「第一関門突破」の意味です。神さまの救いの計画の第一関門は突破されました。それは又、アブラハムのこれからの人生にとっても、「第一関門突破」であったと思います。今までの馴染んできた生き方を捨て、この神だけに導かれる生き方を受け容れるのですから。そして、私たちも皆、そうであったと思うのです。

今日の開会聖句はルカ15章7節

「あなたがたに言います。それと同じように、一人の罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人のためよりも、大きな喜びが天にあるのです。」

九十九匹の羊のたとえの一節ですが、次に失われた十枚の銀貨の一枚を見つけた女性の話、放蕩息子の話が続きます。失われていた羊が、銀貨が、息子が見つかる話です。その時、地上だけでなく、天でも、み使いたちが大喜びしたんですね。私たち1人1人が、信仰の決断という第1関門を突破したときも、同じ場面が天で起こったでしょう。こうして、アブラハムに受け止められた神の召しは、今も私たちに引き継がれ、広がっていきます。この神と人との協同作業を「神の宣教」と言います。神の宣教はアブラハムから始まり、私たちに受け継がれています。たとえ、どんなに小さな存在であっても、私たち1人1人から始まる救いの歴史があります。私たちは皆、神に期待されている者なのです。

さて、カナンへの旅を始めたアブラハムの歩みは、順調にいったでしょうか。5~6節

「アブラムは、…カナンの地に向かって出発した。…当時、その地にはカナン人がいた。」

神の祝福を約束され、カナンの地に足を踏み入れましたが、すぐに、その地にはカナン人が住んでいるという現実に出会います。当然のことでしたが、それを武力や財力で追い出すというほどの力は彼にはありません。 7節

「主はアブラムにあらわれて言われた。『わたしは、あなたの子孫にこの地を与える。』…」

神がカナンの地で現れてくださって「『わたしは…与える』と励まされます。彼もそれに応えて、そこに最初の祭壇を築きます。しかし、そこに留まらず、移動します。 8節

「…彼は、そこに主のための祭壇を築き、主の御名を呼び求めた。」

ここでは、祭壇を築くだけでなく、主の御名を呼び求めて祈りました。それは、アブラハムの、「本当に大丈夫なのだろうか」という不安や、信仰の揺らぎから生まれた行為のような気がします。この姿は、イエスさまを信じた後の私たちの毎日の信仰生活と重なる気がします。或いは、礼拝で満たされた思いで帰宅した後の、私たちの一週間にも似ています。熱い思いで歩みだした日常であっても、それを打ち砕くような出来事が起こります。私は、このアブラハムの姿に非常に親近感をもちましたが、皆さまはどうですか。

終わりに

今回の副題は「受け止められた神の召し」。召しを受け取ったアブラハムによって、ことは始まったように、私たち1人1人によって、神の計画は前進するという、私たちは貴重な存在です。年を重ね、できることは少なくなっていても、そんなことは、神さまの宣教のわざの障害にはならないと思います。だから、日々祝福の基となれるように励みましょう。

メッセージ内容のダウンロード(PDF137KB)

新聖歌

開会祈祷後:新聖歌177番、メッセージ後:新聖歌384番

聖書交読

詩編 2篇 1~12節

2025年教会行事

2月25日(水)オリーブ・いきいき百歳体操 10時~11時

#58-3013

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