なお、礼拝中のマスク着用は引き続き推奨、「平和の挨拶」の握手の自粛は今後も実施しますので、ご理解とご協力を宜しくお願いいたします。
メッセージ
<マタイの福音書 4章23節~5章2節>
MB総持寺キリスト教会牧師:竹田 満
開会聖句
イエスはガリラヤ全域を巡って会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、民の中のあらゆる病、あらゆるわずらいを癒やされた。
<マタイの福音書 4篇23節>
メッセージ内容
Youtube動画
メッセージ動画公開:9/1 PM 6:19
メッセージ要約を公開しました。
山上の説教の前に、イエスは「天の国が近づいたこと」を宣言し始める(4章17節)。
マタイ福音書において、「天の国」という語は「神の支配」を意味している。イエスは「神の支配が近づいたから、自分たちを改めよ」と宣言したのである。「神の支配」が示しているものは、神の計画、神の価値観である。神の計画、神の価値観が実現し始めているから、自分たちの計画、自分たちの価値観を神の計画、神の価値観に改めよというのがイエスの宣言である。
ヤコブとヨハネを呼んだ後(4章18節から7章27節)、イエスはガリラヤ全体を巡った。
その目的は、神の国の福音を宣言することと病や患いを癒すことである。
(1)神の国の福音を宣言する
「神の国の福音」とは「神の支配が近づいたという良い知らせ」である。人間の計画、価値観ではなく、神の計画、価値観が実現し始める。これが良い知らせである。では、神の意志、計画、価値観とは何か。それが次の「病や患いを癒す」ことに表現されている。
(2)病や患いを癒す
イエスの時代(紀元1世紀頃)、病や患いを持つ人々は、人間の計画から外れた存在、人間の価値観では社会から外れた存在とみなされており、社会から疎外され、周縁に追いやられた存在だった。イエスはそうした人々の元へ行って、出会った。このこと自体がすでに良い知らせである。そして、病や患いを癒すのは、単に超常的奇跡である以上に、社会的に疎外された人々の痛みを回復することを象徴している。これこそが、神の計画、神の価値観の実現である。神の価値観は人間社会一般の価値観とは異なる。人間社会の価値観では、病や患いを持つことは生産性を損なうことであり、病や患いを持つ人々は役に立たないという烙印を押す。一方、神の価値観では、そうした人々を神の民として受け入れる。こうして、病や患いを癒すことは「神の国(計画、価値観)が近づいた(実現しつつある)」ことを表現している。
こうした文脈で山上の説教の「心の貧しい者は幸いです」という言葉を読む時、これもまた神の計画、価値観の実現であることが分かる。心の貧しい者も、悲しむ者も、人間社会において痛みを覚える人々である。心の貧しいこと、悲しむことそのものが幸いなのではない。悲しいことはやはり悲しいことなのである。それは人間の計画、価値観では周縁に追いやられてしまうことである。幸いなのは、神の支配の中で守りを得るから、慰められるからである。神の価値観と人間の価値観は異なる。人間の価値観の間に、神の価値観が広がっていく。これが良い知らせである。
会衆讃美
開会祈祷後:新聖歌203番、メッセージ後:新聖歌196番
聖書交読
詩編 30篇1~1②節
2026年教会行事
9月2日(水) オリーブ・いきいき百歳体操 (10時~11時)
#58-3040