なお、礼拝中のマスク着用は引き続き推奨、「平和の挨拶」の握手の自粛は今後も実施しますので、ご理解とご協力を宜しくお願いいたします。
メッセージ
<マタイの福音書 18章1節~10節>
藤井 義生 師
開会聖句
イエスは一人の子どもを呼び寄せ、彼らの真ん中に立たせて、
<マタイの福音書 18章2節>
メッセージ内容
Youtube動画
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メッセージ要約を公開しました。
聖書の中で、イエス・キリストは神の子としての特権を誇示せず、周囲を「つまずかせないため」に謙虚に納税の義務を果たされました。また、当時は価値の低い存在とされた幼子を中央に招き、端に追いやられた存在をこそ重んじられました。
さらに、イエス様は、私たちの盲点を突きます。それは「自分自身をつまずかせない」という教えです。若い頃のように体が動かない、教会の奉仕が十分にできない、記憶力が衰えて聖句も思い出せない ……。そんな自分に対して「私はダメな人間だ、役に立たない」としてないでしょうか。驚くべきことに、自分の手足や目が自分自身を裁き、つまずかせてしまうことがあるのです。
そんな私たちに、今日、イエス様はこう語りかけます。「あなたの奉仕の能力が片手片足分であっても、五体不満足なままで良いから、いのちに入りなさい。知性が衰え、片目の状態であっても、そのままで良いのだよ」。
私自身は、アトピーという身体的な苦しみ(五体不満足な面)があったからこそ、神を信じ、牧師になる道が開かれたのです。もし健康優良児で何でもできる「五体満足」な人間であったなら、きっと神を必要とせず、いのちの道に入らなかったこどでしょう。
56年前、私の母は私の母子手帳をしたためていました。そこには、私が痒がっていたこと、食事をあまりとらず、イチゴしか(当時の藤井家には高級な!!)食べなかったことが書かれてあります。 56年経ちました。そんな私が、吹田市民のあなたにお伝えします。「いのちに入ってね、五体不満足ままでいいから。」
会衆讃美
開会祈祷後:新聖歌425番、メッセージ後:新聖歌376番
聖書交読
詩編 32篇1~11節
2026年教会行事
今週の集会はお休みです。
#58-3041