三人の旅人

令和5年5月8日(月)より新型コロナウイルス感染症が5類感染症へ移行することに伴い、礼拝での規制を緩和します。具体的には、会衆讃美は全節歌唱する、省略していた聖書交読を復帰し、司会者朗読→会衆朗読を交互に行います。
なお、礼拝中のマスク着用は引き続き推奨、「平和の挨拶」の握手の自粛は今後も実施しますので、ご理解とご協力を宜しくお願いいたします。

メッセージ

<創世記 18章1~15節>
信徒:K

開会聖句

あなたがたは、わたしの様々な試練の時に、一緒に踏みとどまってくれた人たちです。

<ルカの福音書 22章28節>

メッセージ内容

Youtube動画

今週の動画公開はありません。

メッセージ原稿を公開しました。9/27 AM 0:18
 

はじめに 
シルバーウィークは如何でしたか。「長い休暇」と「敬老の日」を重ねたうまい言い方だと思います。「敬老の日」は、戦後間もない頃、当時子どもを戦場に送った親たちも多く、農作業で疲労していた年配者をねぎらう会から始まったそうで、この時の対象者は55歳以上でした。このことを考えると、「60の手習い」ということわざがありますが、それはただ高齢者の習い事というより、それまで苦労して生計を支え、やっと手にした余暇のひとつだったんだなあと思いました。私も65歳を過ぎて「大人ピアノ教室」に通い始めました。やる気と時間はたっぷりあるのですが、指や関節が痛いので、ほどほどにしています。
今日は創世記版「受胎告知」です。受胎告知と言えば、「あなたは身ごもって、男の子を生みます。その名をイエスとつけなさい。」とマリアが天使から告げられた場面を思いだします。このマリアは未婚の十代の女性でしたが、今日、受胎告知されるサラは、金婚式はとうに過ぎ、ずっと不妊で、妊娠の可能性が消えてしまった高齢者です。このサラに受胎の知らせを告げたのは、三人の旅人でした。今日の主題は「三人の旅の目的」です。その目的から、神さまがどんな方かを知り、信仰者として生きる私たちへの励ましにしたいと思います。

本論

Ⅰ.サラに会いに

18章は長くて、前半と後半に分けられます。今日の前半は今までの話の流れにあります。それは、約束の子孫が一向に与えられないことで失望する度に、神さまが現われ、新たな契約を更新され、一方では、女奴隷ハガルによって、イシマエルが誕生したことなどです。後半は違います。ソドムの滅亡、ロトにまつわる話などがあって、遂にイサクが誕生します。つまり、子孫のことで葛藤するアブラハムとサラの場面はここが最後になります。

1~2節「主は、マムレの樫の木のところで、アブラハムに現われた.…なんと3人の人が彼に向かって立っていた。…」

この場所はロトと別れた後、彼が祭壇を築き、ずっと住んでいる場所です。この3人は何者?一人は大文字の「主」。神ご自身。あとの二人は19:1で御使いだとわかります。もちろん、アブラハムは何も知らず、突如、目の前に現われた3人を通りすがりの旅人だと思い、「素通りせずに、水を持って来ますから、少し休んでいってください。」と声をかけます。「主よ、もしよろしければ」の「主」は、丁寧な呼びかけでしょう。3人はアブラハムの招きを受けて、彼のところでしばしの休憩です。彼は大急ぎで、サラと若者に上等の料理を用意させ、給仕をします。少しの水と足を洗うだけでなく、大ごちそうです。「旅人をもてなす」のは、聖書に一貫して見られる良い習慣です。

ヘブル13:2「ある人たちは,知らずに御使いたちをもてなしました。」

とありますが、この場面のことです。
食事が終わった頃、彼らが尋ねました。「あなたの妻サラはどこにいますか。」何で、妻の名を知ってるのかといぶかることもなく、「天幕の中におります。」と答えると、

10節「そのうちの一人が言った。『わたしは来年の今頃、必ずあなたの…。そのとき、あなたの妻サラには男の子が生まれています。』」

サラは、この発言を、その人のうしろの天幕の入り口で聞いていました。当時の習慣で、女性は知らない人には姿を見せないで、隠れたところに控えていたのでしょう。この「サラは…」という問いは、社交辞令として隠れているサラのことを気にかけたのではなく、姿は見えないが、すぐ近くにいることを確認するためでした。この人はサラがすぐそばにいることを確かめ、サラに聞こえるように、言ったのです。

これがサラへの受胎告知です。しかし、これはサラが今はじめて聞いたことではありませんでした。すでに神さまはアブラハムに17章で伝えていたことで、自分たちの改名、割礼、サラから多くの国民が出ること、そして21節「来年の今頃…」という内容でした。彼は神さまからのことばを大切に夫婦で共有したと思います。この7:21節の「来年の今頃」ということばは、18:10、14節でも繰り返されています。ということは、アブラハムに話してからこの場面まで、時間差がないということです。聖書は、次の章であっても、例えば、16,17章には13年の開きがありますが、ここはアブラハムに話してまもない頃のことなんですね。
神さまは、「来年の今頃」のことを、アブラハム任せにしないで、わざわざサラ本人に伝えたかったのではと思いました。彼らの旅の目的がソドムを滅ぼすための下見であることが、この後わかるのですが、サラに受胎告知することも旅の大切な目的の一つだったと、今回思わされたのです。神さまは旅のついでに、サラにも伝えておこうか、と思ったのではなく、サラに伝えることも大きな目的であったと思います。なぜ、夫への伝言でなく、直接に?それは、やっぱり、サラの出産は人間には到底信じられないことだからだと思います。

Ⅱ.サラも大切な同労者だから

この神さまのことばを耳にしたサラの反応を見ると、「やっぱり主人から聞いたことは本当だったんですね。」と喜んだとは書いていません。

12節「年老いてしまったこの私に…主人も年よりで。」

と心の中で笑いました。11節によると、アブラハムはともかく、サラはもう自分が絶対妊娠できる身体ではないことをよく知っていたからです。サラの反応を知っ神さまは、アブラハムに、「サラが笑って、こんなに年をとっているのに子どもが産めるだろうか。」と言ったと告げます。そして

14節「主にとって不可能なことがあるだろうか。…。」

と、もう一度、受胎告知を繰り返されます。サラは、ぎくっとして、「私は笑ってません。」と否定しますが、神さまは「いや、確かに笑った」と。ここを額面通りに、サラの不信仰を責めたと受け取ることもできますが、私はそれほど責めているように思いません。神の約束のことばを信じて待つことが、サラにとってどんなに大変なことかを知っておられると思うからです。サラは、不妊は自分のせいだと、ずっと自分を責め続けていたと思います。

神の約束の故に、「今度こそ」という期待を、サラは重ねてきました。今はイシマエルの仮にも母となることで、ようやく落ち着いていて、このままでいい。「来年の今頃」と繰り返されることばに、もう放っておいてと反発しても、不思議ではありません。そんなサラの痛みの深さがわかるからこそ、神さまはサラに「主にとって不可能なことがあるだろうか。」というマリアの時と同じことばを直接に伝えに来られたと思うのです。先ほど、旅の理由はサラに直接伝えたかったと説明しましたが、もう少し考えてみると、人間的には絶対ありえない出産の当事者であるサラを、「もう少しだから、わたしを信じ続けなさい。」というサラの応援のために来られたと思いました。「まだ、あなたは信じてないけど、あなたは子を産むのだ。来年の今頃、イサクという名の子を。悲しみの多かったサラに「笑う」という名の子を与えるという知らせ。この旅は、サラへの神さまのねぎらいと励ましが込められた訪問のように感じました。神さまは、人知れず、流したサラの涙を覚えておられたのでしょう。

終わりに

今日の開会聖句は、

ルカ22:28「あなたがたは、わたしの様々な試練の時に、一緒に踏みとどまってくれた人たちです。」

最後の過越の席で、イエスさまが弟子たちに言われたねぎらいのことばです。この場に及んでも、彼らは誰が一番偉いかの議論をしていました。この弟子たちに託せる?しかし、イエスさまは非難なさっていません。イエスさまにとって、彼らは多くの他の弟子たちと違って、どんなときにも踏みとどまってくれた大切な同志でした。
神さまにとって、アブラハムとサラも同志、同労者です。二人の間に子が生まれることは、神さまの救いの歴史の第一歩でした。神が召された人物の妻が不妊であったことは、マイナスからの出発、ありえない神さまの全能の力があらわされるためでした。二人にとっては辛く苦しい想像だにしなかった長い年月だったでしょう。待ちきれず、ハプニングもありました。しかし、二人は神さまに助けられ、イサク誕生というゴールに向かいました。

ここにいる私たちも、神さまはそのような目で見て下さっているのではないでしょうか。多くの教会は高齢化しています。しかし、信仰者として年を重ねてきたということは、多くの祈りをささげ、多くの証をなし、今も神さまの宣教の働きに加わり続けているということです。年を取るということは、若い時とはまた違った不安や恐れを抱えます。しかし、変わることなく、神さまが共にいてくださることが、私たちへの約束です。サラにそうであったように、神さまは私たちにも日々会って、ねぎらいたい、励ましたいと願っておられます。信仰の目と耳を開き、いつも共におられるこの神さまを覚えて、この一週間も歩みましょう。

→メッセージ内容のダウンロード(PDF136KB)

新聖歌

開会祈祷後:新聖歌37番、メッセージ後:新聖歌474番

聖書交読

詩編 35篇 1~10節

2026年教会行事

9月30日(水)オリーブ・いきいき百歳体操 10時~11時

#58-3044

コメントを残す

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください。