なお、礼拝中のマスク着用は引き続き推奨、「平和の挨拶」の握手の自粛は今後も実施しますので、ご理解とご協力を宜しくお願いいたします。
メッセージ
<コリント人への手紙 第1 2章1~10節>
牧師:砂山 智
開会聖句
私たちは、奥義のうちにある、隠された神の知恵を語るのであって、その知恵は、神が私たちの栄光のために、世界の始まる前から定めておられたものです。
<コリント人への手紙 第1 2章7節>
メッセージ内容
Youtube動画
メッセージ動画公開:6/13 PM 6:17
メッセージ原稿を公開しました。
<序論>
・6月は「Ⅰコリント」からです。「地図で学ぶ聖書の歴史」で説明されていますが、パウロは、この手紙を、第三次伝道旅行でエペソに滞在していた頃に、それは「使徒」で言うと19~20章、年代で言うと紀元55年頃ですが、書いたようです。その頃のコリント教会は本当にたくさんの問題を抱えていました。そして、それらの問題の多くはコリントという町に由来するものでした。コリントはギリシア本土と最南端にあるペロポネソス半島とを結ぶ地峡に位置しており、古代から交通の要衝として大いに栄えていました。ただ、いつの時代もどの国もそうですが、繁栄には腐敗がつきものです。当時のコリントの町でも様々なご利益信仰・偶像崇拝が盛んで、例えば、ギリシア神話の神アポロンや女神アプロディーテー(ヴィーナス)を祀る立派な神殿があり、そこには1,000人もの巫女(神殿娼婦)たちがいたと伝わっています。パウロが、実際にこの地を訪れ、伝道したのは、「使徒」18章の第二次伝道旅行の時です。彼は、1年半の間、コリントに滞在して伝道し、それがコリント教会誕生のきっかけとなったのですが、彼が去ってから、やっぱり周りからの影響もあったのでしょう。コリント教会の人々の信仰は徐々に先祖返りと言うか、堕落していきます。パウロはそのことを伝え聞いて、この手紙を書き送ったのです。
1.宣教は御霊と御力の現れ
今朝は2章前半からですが、ここでパウロは、以前にコリントを訪れた時のことを思い出して語っています。そして、1~5節では、特に三つのことに言及しています。まず一つは、1節。
『兄弟たち。私があなたがたのところに行ったとき、私は、すぐれたことばや知恵を用いて神の奥義を宣べ伝えることはしませんでした』(Ⅰコリ2:1)。
要するに、パウロは、かつてコリントで伝道した際に、単純で分かりやすいことばを用いて福音を宣べ伝えた、ということですね。そして、次の2節では、その理由を説明します。
『なぜなら私は、あなたがたの間で、イエス・キリスト、しかも十字架につけられたキリストのほかには、何も知るまいと決心していたからです』(同2:2)。
彼がなぜ、このような決心をしていたのかということについては、コリントを訪れる前に伝道したアテネでの経験が関係していたように思えます。それが二つ目のこと、過去の記憶ですが、3節。
『あなたがたのところに行ったときの私は、弱く、恐れおののいていました』(同2:3)。
パウロは精神的にかなり落ち込んでいたみたいです。彼は、コリントの前に訪れたアテネで、当時の一流の哲学者や知識人と思われる人たちに向かって福音を語りました。そして、そんな彼らの心にも響くようにと考え、すぐれたことばや知恵を用いて福音を伝えようとしたのです。しかし、その試みは見事に失敗します。「使徒」17章32節を見ると、
『死者の復活のことを聞くと、ある人たちはあざ笑ったが、ほかの人たちは「そのことについては、もう一度聞くことにしよう」と言った』
とあります。そんなアテネでの苦い思い出、挫折した経験が、先程の2節の彼の決心につながっているように思えます。
そして三つ目は、4~5節。
『そして、私のことばと私の宣教は、説得力のある知恵のことばによるものではなく、御霊と御力の現れによるものでした。それは、あなたがたの信仰が、人間の知恵によらず、神の力によるものとなるためだったのです』(同2:4~5)。
パウロはアテネで失敗したような人間の知恵のことばでコリントの人々を説得しようとは思わなかったのです。それは、あなたがたの信仰が、人間の知恵によらず、神の力によるものとなるためであった、と彼は振り返っています。
2.ことばの知恵によらずに
今朝の個所も含めて、この手紙の前半1~4章までを読むと、あることばが繰り返し出てくることに気づきます。それは「知恵」ということばです。例えば、1章17節。
『キリストが私を遣わされたのは、バプテスマを授けるためではなく、福音を、ことばの知恵によらずに宣べ伝えるためでした。これはキリストの十字架が空しくならないようにするためです』(Ⅰコリ1:17)。
この、『キリストが私を遣わされたのは、バプテスマを授けるためではなく』ということばは、イエス様の「大宣教命令」に背いているように感じるかもしれませんが、当時のコリント教会内は、「私はパウロにつく」「私はアポロに」「私はケファに」という派閥争いで混乱していました。そんな彼らに、パウロは、私は、この手でバプテスマを授け、パウロ派の人たちを増やすために、この地に遣わされたのではなかった、と言っているのです。そのように派閥争いをする人々は、自分を導いてくれた指導者の知恵や人間性を誇り、さらに自分はそのようなすばらしい指導者の弟子であることを誇っていたわけです。「あの宣教師はこう言っていた」「あの先生はとても霊的だった」等々。そのような人々に対するパウロの答えは、次の3章に記されています。
『私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です』(同3:6~7)。
先程の17節の後半で、『これはキリストの十字架が空しくならないようにするためです』とありましたが、それは、宣教によって人が成長するのは人間の力によるのではなく、神の力、キリストの十字架の業によるのだということですね。
3.聖徒とされ、成熟した人たち
そして、6節と7節。
『しかし私たちは、成熟した人たちの間では知恵を語ります。この知恵は、この世の知恵でも、この世の過ぎ去って行く支配者たちの知恵でもありません。私たちは、奥義のうちにある、隠された神の知恵を語るのであって、その知恵は、神が私たちの栄光のために、世界の始まる前から定めておられたものです』(Ⅰコリ2:6~7)。
この「成熟した」というギリシア語「テレイオイ」は、前の訳では「成人」と訳されていました。興味深いのは、このことばは、別の個所では「完全」と訳されていることです(「マタイ」5:48)。しかし、それは、所謂「パーフェクト」という意味ではなく、成熟したという意味なんですね。パウロは、この手紙の冒頭の挨拶で、コリント教会の人たちに、
『キリスト・イエスにあって聖なる者とされ、聖徒とされた方々へ』(同1:2)
と呼びかけていますが、私たちは、「聖徒砂山」なんて呼ばれると、穴があったら入りたいというか、「やめてください。私はそんな者ではありませんから」と叫びたくなるような者です。しかし、私たちは、確かに、聖徒であり、成熟した人なのです。ただし、それはキリスト・イエスにあって、なんです。決して、私自身が立派だからそのように呼ばれるわけではない。神がこの私を選び、そのように呼んでくださるから、なんです。パウロは、コリント教会の人たちにも、あなたがたは、そのことを、もう一度、思い起こしなさい、と言っているのです。
<結論>
<結論>
パウロは、この後の10節で、神はその知恵を、御霊によって私たちに啓示してくださった、と述べています。この手紙の12章3節で、『聖霊によるのでなければ、だれも「イエスは主です」と言うことはできません』とありますが、まさにその通りですね。
私たちは聖霊なる神のご内住によって励まされ、神から力と愛と慎みをいただき、誠につたない者ではありますけれども、キリストの弟子とされました。今朝のタイトルは「隠された神の知恵」です。毎週の説教で、できもしないのに、説得力のある知恵のことばで皆さんに語りたいなぁと、いつも頭を悩ませている者ですが、そうではなくて、少しでも隠された神の知恵を語る者でありたいと思わされました。
新聖歌
開会祈祷後:新聖歌211番、メッセージ後:新聖歌367番
聖書交読
詩編17篇 1~5節
2026年教会行事
6月10日(水)オリーブ・いきいき百歳体操 10時~11時
#58-3028