捨てた石

メッセージ

<マタイの福音書 26章36~46節>
牧師:砂山 智 師

開会聖句

イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、聖書に次のようにあるのを読んだことがないのですか。『家を建てる者たちが捨てた石、それが要の石となった。これは主がなさったこと。私たちの目には不思議なことだ。』

<マタイの福音書 21章42節>

メッセージ内容

<序論>  
・今日の聖書テキストは、有名な「ゲツセマネの祈り」と呼ばれている場面ですが、イエス様が捕らえられ、十字架にかけられる直前の出来事になります。『ゲツセマネ』というのは、オリーブ山の北西麓にあった地名で、オリーブの木が植えられた庭園風の場所なので「ゲツセマネの園」と呼ばれていました。その名前の意味は、「オリーブの油搾り」「オリーブの酒舟」と言われています。恐らくこの園にはオリーブオイルを搾るための作業所のようなものがあったのでしょう。ところで「ゲツセマネ」という地名は、マタイとマルコにだけ出てくるのですが、地名が出てこないルカとヨハネにも、興味深いことが書かれています。

『それからイエスは出て行き、いつものようにオリーブ山に行かれた。弟子たちもイエスに従った。いつもの場所に来ると、イエスは彼らに、「誘惑に陥らないように祈っていなさい」と言われた。』(ルカ22:39~40)。

『これらのことを話してから、イエスは弟子たちとともに、キデロンの谷の向こうに出て行かれた。そこには園があり、イエスと弟子たちは中に入られた。一方、イエスを裏切ろうとしていたユダもその場所を知っていた。イエスが弟子たちと、たびたびそこに集まっておられたからである。』(ヨハネ18:1~2)。

ゲツセマネは、イエス様と弟子たちにとって、いつもの場所であり、たびたび集まって、大切な時を過ごす場所であったようです。

<本論>
1、この杯を

そんなゲツセマネに、イエス様は、いつものように弟子たち全員と一緒に行かれたのですが、特に、ペテロとゼベダイの子の二人(ヤコブとヨハネ)を、ご自身が祈っている側近くにまで連れて行かれました。彼らは、同じマタイ17章の、いわゆる「山上での変貌」にも同行しています。けれども、今日の場面では、そのイエス様が、あの山上で栄光の御姿に変貌されたイエス様が、苦しみもだえながら、苦悩の祈りをささげる姿を目の当たりにするのです。彼らはとても驚いたと言うか、ショックを受けたでしょうね。

『そして、ペテロとゼベダイの子二人を一緒に連れて行かれたが、イエスは悲しみもだえ始められた。そのとき、イエスは彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここにいて、わたしと一緒に目を覚ましていなさい。」』(マタイ26:37,38)。

死ぬほどの悲しみとは、どれほどの悲しみなのでしょうか?そして、イエス様は、ひれ伏して祈られました。

『「わが父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしが望むようにではなく、あなたが望まれるままに、なさってください。」』(同26:39)。

旧約聖書において、『杯』ということばは、神の裁きを表すものとして比喩的に使われています。まさに、この場面では、神の裁き=十字架での死を意味していました。ある方は、イエス様はメシヤとして来られたのだから、そんなことは先刻承知のはずではないか。なんで神の子が苦悩するのか。茶番劇ではないのか、と思われるかもしれません。しかし、私は、このイエス様のお姿にこそ、人となられたイエス、私たちと同じようになってくださったイエス様の深い愛を感じるんです。
「へブル人への手紙」4章には、次のように書かれています。

『私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯しませんでしたが、すべての点において、私たちと同じように試みにあわれたのです。』(へブル4:15)。

イエス様は、私たちと同じように試みにあわれた方ではありましたが、その試みというのは、私たちの想像を遥かに超えるようなものであったと思います。なぜなら、イエス様は、人間からだけではなく、神からも見捨てられるという、究極の試練を経験してくださったからです。イエス様は、あの十字架の上で、次のように叫ばれたとマタイは記しています。

『「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」』(マタイ27:46)。

神のひとり子である方が、父なる神に見捨てられた。それは、私たち人間には、到底、理解することも、想像することもできないような、試練であったと思います。
ある注解書には、次のように書かれていました。

「この世の中には、我々の理解できないことが起こる。それは、信仰が極限まで試される時である。この時、イエスがゲツセマネの園で同じ試練に会われたことを思い起こすことができるのは、何という慰めであろうか」。

2、捨て石

今日のメッセージの題は「捨てた石」とさせていただきました。「捨てた石」とは、「捨て石」とも言いますよね。これは、元々、囲碁で使われることばだと思います。
以前に、山本七平という人の話をさせてもらいましたが、覚えておられるでしょうか?山本七平は、「空気の研究」という本の中で、太平洋戦争末期の戦艦大和の特攻出撃などを例に挙げて、日本の国を支配している不思議な「空気」というものの正体を考察し、解明しようと試みました。彼はクリスチャンでしたが、学徒出陣で陸軍に召集され、悲惨な戦場を経験し、九死に一生を得て復員した人です。その体験から、戦争や日本人論、或いは天皇制の問題をライフワークとし、生涯をかけて取り組んだ人でもありました。彼と同じ時代に生きた人に、吉田満という方がおられます。吉田満は学徒出陣で海軍に召集され、あの戦艦大和の特攻出撃に予備士官として乗り組み、生き残った人物です(乗組員3332名の内、生き残ったのは僅か592名)。彼は、有名な一冊の本を残しています。終戦の翌年(昭和21年)に書かれた「戦艦大和ノ最期」という本です。それは、格調高い文語体で書かれた本なんですが、その本の中に臼淵磐という青年将校(大尉)の話が出てきます。いよいよ特攻出撃をするという前の晩に、青年将校たちは集まって最後の酒宴を開くのですが、徐々に酔いが回ってきたころ、海軍兵学校出身の若手将校と、学徒出身の若手予備士官との間で、激しい論争が始まります。「戦死することは軍人としての誉れである」と主張する海兵出身者と、「無駄死にだ。死ぬ事の意義が解らない」と主張する学徒出身者の論争は、次第にヒートアップし、遂に乱闘寸前にまでなるんですが、その時、間に入って事を治めたのが臼淵大尉でした。彼も21歳(!)で、海兵出身だったんですが、次のように言ったと記されています。
「進歩のない者は決して勝たない。負けて目覚める事が最上の道だ。日本は進歩という事を軽んじ過ぎた。私的な潔癖や徳義に拘って、本当の進歩を忘れてきた。敗れて目覚める、それ以外にどうして日本が救われるか。今目覚めずしていつ救われるか。俺達はその先導になるのだ。日本の新生に先駆けて散る。まさに本望じゃあないか。」

その言葉を聞いて、殺気立った彼らも納得し、翌日の出撃への決意と覚悟とを固めたのだそうです。ただ、実は、この話は実際にあった話ではなく、作者である吉田満の作り話ではないかとも言われています。しかし、それではなぜ、吉田は、そのような「創作(フィクション)」を残したのか?それは、戦艦大和はもちろん、特攻隊などで尊い命を捧げ、言わば、お国のために「捨て石」となって死んでいった多くの戦友たちの声、声なき声を、臼淵磐という人物の口を借りて表現したかったからではないかと言われています。ちなみに、吉田満は、戦後、クリスチャンであった奥様の影響もあり、キリスト教信仰へと導かれたそうです。また、日本銀行行員として要職を歴任しましたが、僅か56歳で召されたそうです。

<結論>
さて、そろそろ、聖書に戻りたいと思いますが、今日の開会聖句は、イエス様が旧約聖書の詩篇の一節を引用され、ご自身のことばとして語られたものです。

『イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、聖書に次のようにあるのを読んだことがないのですか。『家を建てる者たちが捨てた石、それが要の石となった。これは主がなさったこと。私たちの目には不思議なことだ。』』(マタイ21:42)。

捨てた石、捨て石。それは、ユダヤ人たちから、人間から捨てられるということ以上に、父なる神にも捨てられるということを、意味していると思います。先程も申し上げましたが、このことを、私たち人間が本当に理解し、説明することは不可能です。まさに、私たちの目には不思議なことだ、としか言いようがないことです。
先程、ご紹介した臼淵磐という人は、日本を救うために、日本人を目覚めさせるために、自分たちが先導になるのだ。日本の新生に先駆けて散ることは本望じゃあないか、と言ったそうですが、イエス様は、すべての人間を救うために、私たちを罪から解放するために、捨て石となり、要の石となってくださいました。そして、そのことによって、私たちは、神のかたちを回復し、本来の自分自身を取り戻すことができたのです。
これは主がなさったこと。私たちの目には不思議なことです。祈りましょう。

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新聖歌


メッセージ後:105番

特別賛美

「球根の中には」「花も」 オリーブ讃美チーム

聖書交読

詩篇 135篇 1~12節

2019年教会行事

4月17日(水)オリーブ・いきいき百歳体操

#51-2655

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