二つの道 エレミヤの道

    令和5年5月8日(月)より新型コロナウイルス感染症が5類感染症へ移行することに伴い、礼拝での規制を緩和します。具体的には、会衆讃美は全節歌唱する、省略していた聖書交読を復帰し、司会者朗読→会衆朗読を交互に行います。
    なお、礼拝中のマスク着用は引き続き推奨、「平和の挨拶」の握手の自粛は今後も実施しますので、ご理解とご協力を宜しくお願いいたします。

    メッセージ

    <エレミヤ書 21章1~10節>
    牧師:砂山 智

    開会聖句

    たとえ 死の陰の谷を歩むとしても 私はわざわいを恐れません。あなたが ともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖 それが私の慰めです。

    <詩編 23篇4節>

    メッセージ内容

    Youtube動画

     公開が遅れて申し訳ありません。
    メッセージ動画公開:8/19 PM 6:23


    メッセージ原稿を公開しました。  

    <序論>  
    ・「エレミヤ」21~24章は、最初と最後の部分がユダ最後の王となったゼデキヤの暗い運命についての予告を記した散文調の記事で占められています。その一つ前の20章との間には10年ほどの時間的な隔たりがあるのですが、21章で場面はいきなりバビロンの王ネブカデネツァルの軍隊に包囲されているゼデキヤ治下のエルサレムに移ります。エレミヤは、それまでのエホヤキムの時代にエルサレムに下される神の裁きを語りました。しかし、20章のエレミヤの嘆きのことばからうかがい知れるように、その預言が聞かれることはなかったのです。ところが、それから10年が経ち、状況は一変します。今朝の場面が第二回目のバビロン捕囚、紀元前589~586年のエルサレム包囲戦のうち、いつ頃のことであるのかは分かりません。ただ、それまでエホヤキムと同じようにエレミヤに聞くことを拒み続けたゼデキヤも、いよいよ追い詰められた時、もはや、なりふり構わず、助けを求めてくるのです。

    <本論>
    1.どうか、私たちのために主にお尋ねください

    1節には、ゼデキヤ王がエレミヤの下に遣わした二人の使者の名前が記されています。一人はマルキヤの子パシュフル、そしてもう一人は祭司ゼパニヤ。このパシュフルについては、同じ名前の人物が一つ前の20章でエレミヤを迫害した祭司として出てきます。一瞬、同じ人物かと思ってしまいますが、今朝のパシュフルは、少し後の38章4節によれば、ゼデキヤ王の宮廷の高官(首長たち)の一人で祭司ではありません。ですから両者は別人ですが、ゼデキヤ王は彼の高官と主だった祭司を選んで、エレミヤの下へと遣わしたのです。そして、王が期待したエレミヤからの答えは、2節にある

    「主がかつて、あらゆる奇しいみわざを行われたように、私たちにも行い、彼を(つまりネブカデネツァルを)、私たちのところから引き揚げさせてくださるかもしれません」

    ということでした。それは、前にもお話ししたように、かつて、アッシリアの王センナケリブがエルサレムを攻め、包囲した時、ヒゼキヤ王が預言者イザヤに求めて奇跡的な勝利を収めたような奇跡の再現を期待していたということです(Ⅱ列王19:2以下)。
    しかし、この時、エレミヤから返ってきた答えは、イザヤとは全く違ったもの、驚くべきものでした。

    2.わたし自身があなたがたと戦う

    それは、4~7節にあった通りなのですが、主は「お前のそのような願いはかなえられない」と言われただけでなく、

    「わたし自身が、伸ばされた手と力強い腕をもって、怒り、憤り、大いなる激怒をもって、あなたがたと戦う」(エレ21:5)

    と告げられたのです。そして、その最終的な答えが、6節と7節。

    『この都に住むものは、人も家畜もわたしは打つ。彼らは激しい疫病で死ぬ。その後で―主のことば―わたしはユダの王ゼデキヤとその家来、また、その民と、この都で疫病や剣や飢饉から逃れて生き残った者たちを、バビロンの王ネブカドネツァルの手、敵の手、いのちを狙う者たちの手に渡す。彼は彼らを剣の刃で討ち、彼らを惜しまず、容赦せず、あわれみをかけない。』』(同21:6~7)。

    ここで私たちが覚えなければならないことは、この裁きを下されるのは、あくまでも神であり、バビロンの王ネブカドネツァルではないということです。それは言い換えれば、時の世界の支配者であったバビロンの王でさえ、神の御前では、その手の中の道具に過ぎないということです。私たちはよく、この世の権力者の権勢に圧倒され、歴史を動かしているのはそのような人たちで、私たちは虫けらのように彼らに翻弄されながら生きていくしかないのかと思ってしまいがちですが、そうではなく、この歴史を支配し、ご自身の御心のままに動かしておられるのは神なのです。だからイエス様は次のように教えてくださったのです。

    『からだを殺しても、たましいを殺せない者たちを恐れてはいけません。むしろ、たましいもからだもゲヘナで滅ぼすことができる方を恐れなさい』(マタイ10:28)。

    3.いのちの道と死の道
    そして、8節と9節。

    『「あなたは、この民に言え。『主はこう言われる。見よ、わたしはあなたがたの前に、いのちの道と死の道を置く。この都にとどまる者は、剣と飢饉と疫病によって死ぬ。出て行ってあなたがたを囲んでいるカルデヤ人に降伏する者は生き、自分のいのちを戦勝品として得る』(エレ21:8~9)。

    今までも、例えば4章の27節や5章の10節などで、神はエレミヤを通して「ただし、わたしは滅ぼし尽くしはしない」とか、「根絶やしにしてはならない」と、ユダの国が滅びても、やがて神を恐れる「残りの者」が起こされ、捕囚後に国が再建されるという希望を暗に示してはおられましたが、バビロンの脅威が目前に迫り、国の命運が尽きようとする今、この時に、そのことがはっきりと示されるのです。いのちの道と死の道。それは、ゼデキヤと彼の高官たちが期待していたのとはまるで正反対の道でした。バビロンに降伏し、捕囚となる者は生き、この都にとどまり、最後まで抵抗する者は死ぬという。それは本当に、自分たちこそ選ばれた民族、神の民だと信じるユダの人々にとっては、驚天動地、この天地がひっくり返るようなみことばであったと思います。しかし、それこそが神のみこころ、ご計画であったわけです。今、私たちは2500年以上後の時代に歴史を振り返っているわけですが、その後のイスラエル、ユダヤ民族の歴史を見た時に、確かに、このバビロン捕囚という出来事は、破壊と再生と言うか、敗れて目覚めると言うか、神の民としてのいのちが新しく生まれ変わるために、なくてはならない出来事であったということを思わされます。そして、どうしても私は、今が8月ということもあって、かつて私たちの国の歴史にも同じようなことがあったなぁ、と思わずにはいられないのです。

    <結論>
    ただ、ゼデキヤ王にそんな二つの道を示したエレミヤでしたが、彼自身は、この後、どのような道を歩んだのでしょうか?そのことについて最後にお話ししたいと思うのですが、エレミヤは、この時、自ら預言したいのちの道を歩むことはなかったのです。彼が選んだのは死の道、つまりエルサレムにとどまることだったのです。エルサレムが陥落した時、彼は牢獄に繋がれていましたが、バビロン王ネブカドネツァルの好意によって釈放されます。もし、バビロンに行っていたら、恵まれた暮らしが約束されていたでしょう。しかし、彼はその道を選ばず、新しく総督となったゲダルヤに仕えます。しばらくして、そのゲダルヤは抵抗勢力によって暗殺されてしまうのですが、それでもエレミヤはエルサレムにとどまり続け、最後には、エジプトへ亡命する人々によって強制的にエジプトにまで連れて行かれ、そこでもしばらくの間、預言者として働いた後、その地で生涯を閉じるのです。そんなエレミヤの生き様が多くの人々に感銘を与えてきたのだと思いますが、そのお一人で、「エレミヤの生涯」という本を著した磯部隆という方がおられます。神学者ではなく、名古屋大学法学部教授だそうですが、その本の中で、弟子のバルクがエレミヤの生き様を見て、余りにも不器用と言うか、損な生き方を貫く姿にあきれかえる場面があるのですが、そんなバルクにエレミヤは次のように言い放つんです。

    「たとえ民が神を見捨てても、神は民を見捨てない。見捨てられたところにこそ神はおられる。」 「エレミヤの生涯」 一麦出版社 磯部隆

    このエレミヤのことばは、もちろん磯部さんの創作なのですが、何かエレミヤの預言者としての矜持を見るような思いがしました。
    最後に、今朝の開会聖句を読ませていただき、メッセージを閉じたいと思います。

    『たとえ 死の陰の谷を歩むとしても 私はわざわいを恐れません。あなたが ともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖 それが私の慰めです』(詩23:4)。

    メッセージ内容のダウンロード(PDF103KB)

    新聖歌

    開会祈祷後:395番、メッセージ後:444番

    聖書交読

    詩編12篇 1~8節

    2023年教会行事

    8月16日(水) のオリーブいきいき百歳体操はお休みです。

    #55-2881

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